「今だから話せる佐藤のコラム 第70号」

「今だから話せる佐藤のコラム 第70号」

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┃◆┃(公社)いわき産学官ネットワーク協会News  2023.01.04
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┃ 「上海レポート」でお馴染みの佐藤忠幸氏より
┃ 『今だから話せる佐藤のコラム』が届きましたのでお知らせいたします。

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中国での会社設立・販路拡大等を支援している、
(公社)いわき産学官ネットワーク協会アドバイザーの佐藤忠幸氏から
「今だから話せる佐藤のコラム 第70号」をお届けいたします。

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  日本人の勤勉・節約伝統
 2022年12月26日 佐藤忠幸

 早いもので今年も残り数日のみとなりました。
 年末はお忙しいでしょうから予定よりも二日早くコラムを送らせて頂きます。
 日本全国で大雪情報があって大変ですね。
 私も1970年代の3年間を新潟県北魚沼郡小出町(現在の魚沼市)で過ごしま
したが、このとき当地方としては数十年ぶりかの大雪で大変だったことを思い出し
ました。
 雪に不慣れな我が家では大変な苦労をしましたが今ではよき思い出です。
 富岡川せせらぎ緑道では、ミカン類や柿が豊熟しており我が家も沢山頂き感謝、
感謝です。
 日本人は、勤勉・倹約という良き習慣・伝統を持っている素晴らしい人間と言わ
れてきましたが、近年ではそれが良いことばかりとは言えなくなってきました。
 今月はその伝統について調べました。

【勤勉と倹約の庶民哲学 石田梅岩】
 勤勉・倹約という習慣は日本古来の伝統かと思っていましたがどうも江戸時代か
らのようです。
 最近読んだ本で最も興味を持ったのが「石田梅岩」です。
 梅岩は、元禄時代の前に生まれて享保時代後に亡くなったという、江戸時代の真
っ只中に生きた人物で「石門心学」と言われる哲学の創始者です。
 下剋上の戦国時代は、優秀な人材がトップの座を奪い合い、中国や南蛮から入っ
てきた新技術を活用し経済を成長させました。
 戦国時代というと戦続きの暗い時代という印象ですが、実は文化が発達し、技術
が進歩し、経済も成長し、人口も大いに増え、新しい思想や様式が現れた特異な時
代でした。
 戦国時代が終わり、徳川幕府が出来上がると、領地を分捕り合う機会も無くなっ
て成長は止まり、大名も将軍も、質素倹約しなければ生き残れなくなりました。
 この時代に生まれ広まったのが石田梅岩の「勤勉・倹約・知足安分」の思想です。
 梅岩は「諸業すなわち人生修行である」と説き、その思想は日本全体に定着し日
本人の長所だとも言われ、現代日本にも良くも悪くも大きな影響を残しています。

【勤勉に働くのは良いことだ】
 その影響の第一は、日本人全体が「生産性や経済性(収益)を度外視してでも、
勤勉に働くのは非常に良いことだ」考え、日本の伝統となったことです。
 したがって「遊んでいるのはもったいない」という意識が生まれ、それが今に残
っています。
 特に昭和時代ではそれが強く、農業や商店などではつい最近までその意識が残っ
ていました。
 商店などは、深夜になればお客が少なくて電気代に見合うかどうか怪しくても
「遊んでいるのはもったいない」と店番を続けていました。
 その名残が24時間営業のコンビニでしょう。
 セブンイレブンは、アメリカ時代は社名通り朝7時から午後11時までの営業で
したが日本では24時間営業が売り物となりました。
 工場でも、朝早く出勤し、夜遅くまで勤務するのが当然の習慣となり、生産性や
能率よりも働く時間が重視されてきました。
 日本には、働いていることによる自己満足や自分を安心させる習慣が出来、それ
が海外からは「日本人は働きすぎだ」とよく言われたものです。
 まさに梅岩の言う「勤勉に働いていれば精神修行になり、人格が立派になる」と
いう思想の名残でしょう。

【人格が立派であれば勤勉のはずだ】
 梅岩が説いたことの影響の第二は、前記から「人格が立派であれば生産活動に勤
勉に携わるはずだ」という裏の理論が成立したことです。
 江戸時代の日本は鎖国もあって技術進歩が乏しく、土地や資源も限られており、
皆が勤勉に働けば労働力過剰・土地・資源不足となり、「一所懸命」現象が起きま
した。
 つまり、限られた場所や資源に労働力を限りなく投入して、細部まできれいにす
る競争が起き、「私は人格高潔だから勤勉です、だから皆さん方の気が付かない所
まで手を入れてありますよ」となり、日本特有の細部重視に入り込んだわけです。
 やがて、この細部重視が日本の商品の特徴となり、商習慣ともなり、外国からも
高い評価を得られ輸出拡大に貢献したものです。
 逆に、売れ筋の外国商品でも日本に輸入したら細部に難癖を付けられて売れない
時代が長くありました。
 しかし、この細部主義が長く続き過ぎ、コスト高を産んでしまいました。
日本製の家電製品を買うと、使わない機能がたくさん付いており無駄だなと思った
ものです。
 それが外国製品やアイリスなど新しい家電会社が作った製品は、必要最小限機能
に絞られており格安になっていて驚いたモノです。
 建築ではそれが更に著しく、日本の建築コストは欧米の約2倍、アジア諸国の約
3倍です。
 私もマレーシアや中国で長く暮らしていましたので建築現場に数回立ち会いまし
たが、タイルの目地合わせや床の貼り方など随分速いな雑だなと思ったものです。
 しかし、出来上がったものを見ても使っても日本のそれとどれだけ差異があるの
か分かりませんでした。
 建築職人の賃金差もあるでしょうが、それに費やする時間の差が大きいなと思っ
たものです。
 梅岩が広めた石門心学の精神が、日本の勤勉を盛り上げ製造業を中心とした大発
展をしたことは事実ですが、それが今ではコスト高を産み、日本の工業製品は「過
剰品質」を産んでしまったことも確かです。
 国際競争が激しい分野なら様々な活動によりコスト削減が進んでいますが、「人
格が立派であれば生産活動に勤勉に携わるはずだ」という石門心学に強く影響され
ている管理者や熟年技術者は、何が何でも最高のものを作りたがり、廉価販売の商
品でも高級品と同程度の細部仕上げをしたがっています。
 結果は、現場と上層部との間で大きな乖離が生まれました。
 この価格(原価)では出来ないという現場の声を無視し、顧客と出来もしない約
束(規格)を作り、その結果として不正検査や検査データの改ざんを数十年も続け
てきた大企業があったことは2022年のビッグニュースの一つでした。
 国際競争の少ない公共事業や教育・医療などの分野では、今でも上から下まで石
門心学に強い影響が残っており、平気でモノを高く作らせ税金を無駄に使っています。

【贅沢は敵、倹約は善】
 梅岩哲学の第三の影響は、倹約の美徳を強調したことです。
 単に勤勉を奨めただけではなく、同時に倹約の精神を説きました。
 この倹約を善とする思想は現代社会にもアンバランスを生んでいます。
 まず、倹約奨励から「贅沢は敵だ」という発想が生まれ、このため、贅沢をする
と非難されるか、ひんが無いと言われます。
 石門心学では、立派な人間は勤勉に働くことで人格を修養し、清貧に甘んじるこ
とに喜びを感じろ、と教えているからです。
 このため、貯蓄が増えて消費が少ないのが実態です。
 したがって官庁や企業にお金が集まり、組織だけが贅沢に使います。
 つまり、会社の為なら派手な交際も許されるが、個人で贅沢をしてはいけない。
社用や官僚接待なら高い料亭も使うが、個人で使えば大いに非難される。贅沢は敵だ、
ただし組織の贅沢は味方なのです。
 こうしてみると、石門心学は現代の日本及び日本人の「文化」に非常に大きな影
響を残し、「勤勉と倹約」の両立という思想が、細部へのこだわりを産み、さらに
「手続き第一主義」を産んでしまいました。
 これまた現在の官僚主義とも関係がありそうです。

【日本は生産性が低い】
 石門心学で指導していないことは「生産性」です。
 生産性とは、簡単に言うと、「一人当たり・一時間当たり、幾ら使っていくら稼
いだか」でして、何時間働いたかではありません。
 「日本は生産性が低い」と指摘されるようになってずいぶん経っています。
 実際、12月20日の読売新聞に「2021年の労働生産性の国際比較によると、
日本の1時間あたりの労働生産性は50ドル弱で主要先進7カ国(G7)では最下位。
経済協力開発機構(OECD)加盟38か国中27位と、比較可能な1970年以降最
も低い順位」と衝撃的な記事が有りました。
 実際、「生産性が低い」と感じている人は多数います。
 日本生産性本部の行ったアンケート調査でも、働き方と業務プロセスの中で労働
生産性が低い原因として最も多く挙げられているのが「無駄な作業・業務が多い」
ことで、次は、「会社の価値観や仕事のやり方が以前と変わっていない」ことが
多かったそうです。
 一方で「もうこれ以上働けないくらい一生懸命働いているのに、生産性が低いと
言われても……」と思う人もおられるでしょう。
 素晴らしい職人技で、何日間もかけて必死に作られた調度品には皆さんが感嘆し
ますが、生産性というものを無視して造られたものですから高くて殆ど売れません。
 生産性の「セ」の字もない商品は売れませんし、売っても赤字でしょう。
 日本企業は、これではやっていけないと安くて豊富な労働力を求めて東南アジア
に、2000年代には中国に大量に出ましたが、進出先の国の賃金も大幅に上がっ
てしまいました。
 生産性の低い日本流を持ち込んだ日系企業の大部分は、進出先の賃金が上がれば
撤退・工場閉鎖するか、更に後進国に工場移転をしたものです。
 今では、生産性が高くなった中国や韓国・台湾メーカーに市場を奪われているの
が現状です。

【キチンとやれば良い日本】
 日本の建築基準法や消防法などは世界一厳しいと言われています。
 しかし、阪神淡路大震災ではどこの国よりも多くの建物や高速道路などの施設が
潰れ、東日本大震災では多くの堤防が役だたなく大被害に遭い、避難したビルは流
され倒壊しました。
 つまり、「キチンと」手続きをして、基準に合わせているだけで実効性に乏しい
のです。
 では、何のためにキチンとするのか、
 第一は、手続きを丁寧にすることに美意識を感じる。
 第二は、手続きをキチンとすることで横並びが確認できる。
 第三は、手続きをキチンとすることで責任逃れができる。
 現在の基準主義、官僚統制、「キチンと主義」から抜け出さない限り日本に明日
はないでしょう。

 江戸時代の統制社会の中で庶民の知恵として興った「石門心学」は、日本人が
創った極めて独創性の高い哲学であり、日本の発展の基礎をつくった誇り高い哲学
であることは確かです。
 しかし、時代は変わっています。世界の中での日本の位置も変わっています。
 今の日本に必要なのは、石田梅岩の哲学を超える新しい論理と美意識です。

 今号も長文にて申し訳ありません。
 では佳いお年をお迎えください。

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